酒場遺産
ディープジャパン。今や都市開発の中で消えようとしている古くから続く酒場。日本の生活文化が凝縮されている酒場を「酒場遺産」と名づけた。これから十年後、ここで紹介する酒場のうちいくつが残っているだろうか。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
いせや本店(吉祥寺創業七十年酒場仕舞屋風)
 吉祥寺連雀通りの「いせや本店」である。アップタウン吉祥寺の連雀通りを井の頭公園方面へと歩くと、駅からほんの2分ぐらいの距離に、休日の真っ昼間からもうもうと焼き鳥の煙り立つ「いせや」の雄姿が見えてくる。瓦屋根に立派なつくりの割に崩れそうな木造2階建ての純日本風の建築である。(志)
20051204091308.jpg
 
20051204091414.jpg

20051204091323.jpg

創業七十年、いせや本店
 創業七十年、戦前からの建物で、今なら建築基準法などで延焼の恐れのある木造の外壁は許されない。都心と違ってこのあたりは戦時中の空襲にも合わず、生き延びている。それにしても、若いカップルや家族連れが行き交う道に向かって、こんな「焼き鳥スタンドバー」が存在していること自体、不思議な光景だ。この本店の他にもう一軒「いせや」がある。こちらは吉祥寺駅を南に出て、井の頭取りを渡り丸井の右角の道を井の頭公園側に入っていくと若者向けのショップがならぶ。その一番公園側の、階段の手前の「いせや公園店」である。ここは、本店に比べるとバラックのようなつくりとなっていて、若者の比率が高い。それに比べて本店は、古くて燻し銀の貫禄で、お客も中高年が多い。私は以前、公園店に通い詰めたことがあったが、今は、本店の方が落ち着く。

多様な席
 店は一階と二階の席がある。私が好きなのは一階である。まず道路に面したカウンターには常連が並ぶという。立ち呑み、立ち食いである。ほとんどがひとりで来た客で、年齢層も高く、みんな黙々と焼き鳥を食べている。滞在時間もそう長くはない。道路を背にして右側に、細長い変形した空間のカウンター席がある。ここも立ち飲みで、何故か子供を連れた家族、父親に連れられてきた息子、というパターンが多い。

 私と友人が座ったのは、道路に面するカウンターと厨房を挟んだ反対側の特等席である。この席はなぜかいつもすいていて、しかも食材が目の前にドンと積まれているので、見て楽しい。そして何よりも煙をもうもうとあがっている厨房の向こう側には立ち飲みの常連の並ぶ姿がおもろいのである。皆、個性的な顔をした男たちである。時々、女も混じる。黙々と仕事をしている店のスタッフと、時々、言葉を交わす。「おー、○○さん、らっしゃい。」と言った感じだ。この厨房を囲むように配置されたカウンターは、アクティブな雰囲気だ。これと対照的なのが、私の場所から、後ろの壁を一枚隔てた、もうひとつの空間である。こちらはテーブル席があったり、ちょっと変わった形のカウンターがあったりして、グループの客が多いようだった。

煙で燻された店内
 厨房の真上は吹き抜け状になっていて、その高い壁には、サッポロビールの大型の美人ポスターがズラリと張ってある。しかし、真下で鳥を焼いているので、ポスターの半分は煙で煤け、よく判別がつかない状態である。そして壁の別の面には大きな団扇がたくさん張ってある。この高い天井の煙に満ちた空間に、傘のついた裸電球がいくつかぶら下がっている。電球の光が煙りを光らせる。この空間が、この店の風格をつくっている。時間の堆積だけがつくることのできる風格。床は、オレンジ色と白色の小さなタイルが市松模様に張ってある。木造のこの店に似つかわしくない、ちょっと洒落たモザイクタイルである。これも七十年前のものだろうか。当時の流行りだったのだろう。

 連雀通りに面した部分は全て開け放たれている。以前冬に来たときも同じ状態だから、年中オープンの状態なのだろう。この半外部的な魅力的な空間が、洒落た吉祥寺の街と、下町的なこの店の内部とを気持ちよくつないでいる。

絶品のレバ刺しと自家製焼売
 いせやは焼き鳥の大きさと安さで知られている。普通の串の一.五倍はあろうかと思える串のほとんどが八十円である。レバ、タン、ガツ、シロ、カシラ、ハツ、ナンコツ、ネギ焼き、つくね。メニューは焼き鳥ばかりではない。むしろ、ボリュームがあるものの、味は最上とは言えない焼き鳥以外の料理がお薦めだ。特に、レバ刺し(三百円)は、新鮮で今まで食した生レバーの中で一番美味しかった。大蒜と生姜の味付けを選ぶことができる。レバー好きの私には堪えられない。そして自家製焼売(三百三十円)は、焼売と言うには大きすぎて肉まんのようなサイズだが、これが絶品。囓ると中はジューシーで美味しい肉汁がしみ込んでいる。とり刺し(三百円)も相当に新鮮で美味しい。私たちはこのレバ刺し、焼売、鳥刺しの他、焼き鳥を十二本くらいと日本酒三合を食し、お勘定が二人で千二百六十円だった。モア・ザン・リーズナブル。日本酒は静岡の桜銀という銘柄で、ちょっと甘めだった。

 この他のメニューを紹介したい。ビール四百五十円、上酒(普通の熱燗)二百五十円、焼酎二百五十円、ソフトドリンク類百五十円、マグロブツ切り三百八十円、吸い物三百八十円、煮込み三百三十円、シンサシ三百円、トマト三百円、朝鮮漬け三百円、冷や奴二百五十円、枝豆二百五十円、御新香二百五十円、コロッケ三百円。

ある常連との会話
 オレンジ色のヤッケを着た男が私の隣に座った。荷物がぶつかって男が軽く謝ったので、「常連ですか」と訊けば、「イヤ常連じゃないよ」と答える。それを聞いていた店員が、笑いながら「この人は常連ですよ」と言う。それでも男は「二日に一回だから常連じゃないんだ。毎日来る客を常連って言うんだよな。」と理屈をこねる。彼によれば、本当に毎日来る客が常連。それも休日などは日に二度来る客もいるらしい。彼らは、道側の立ち呑みカウンター席と決まっており、しかも人によって場所が決まっているのだという。「いつも同じ顔が並んでいるんだ。」と、向こう側のカウンターを指さし、そう言う。そう言う男もこの近所に住んでいて、小さいときから父親につれられてこの店に来ており、最近は父がそうしたように、度々ここへ来るようになったという。この日も朝から御嶽山に登った後、来たと言う。本気でこの店を愛している風だった。飲み方の定番はホッピー二杯に焼き鳥を五~六本。このくらいのだと普通の居酒屋では二千円かかるが、この店では千円あれば呑めるという。毎日でも来れるんだ、と笑う。

 この店、場所柄か、古くて渋くても、暗さというものがない。もうどうしようもなく世の中の陰を背負っているような南千住の酒場と味覚は似たようなものであっても、お客の顔が違う。昼間からもうもうと煙を上げているこの店は、まさにアップタウン吉祥寺の気楽な台所といった存在なのだろうと思った。ほろ酔い加減のまま、若者達の溢れる通りへと出た。(
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
>イヤ常連じゃないよ」と答える
いせやさんの常連論議は奥が深いように思う今日この頃です。

>ホッピー二杯に焼き鳥を五~六本
老婆心ながらいせやではホッピはないので酎ハイか焼酎ストレートではないかと思います。
2007/03/17(土) 19:03:21 | URL | kuwata18m #jI5XCJ0.[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
body> このごろ酒場や居酒屋の本が充実してきました。私は太田和彦氏、吉田類氏、大川渉氏の本を愛読しています。中でも大川渉氏らの著した「下町酒場巡礼」は名著。紹介されている酒場の幾つかはこの10年間に姿を消しました。 https://www.fis.jfma.or.jp/fis/front/htm/research/scm10/image/scm10_2003wwp_dallas_illust.pdf