酒場遺産
ディープジャパン。今や都市開発の中で消えようとしている古くから続く酒場。日本の生活文化が凝縮されている酒場を「酒場遺産」と名づけた。これから十年後、ここで紹介する酒場のうちいくつが残っているだろうか。
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最上食堂(立川羽衣町教習場食堂)
自動車教習所に建つ食堂
 以前、国立に住んでいた頃、よくこの道を散歩した。いつもその存在が気になっていた、モルタル造二階建ての古ぼけた建物である。教習場の前の通りには、「慶弔料理、お赤飯、オードブル、何でもあります 最上食堂」「一般の方もお気軽にお入り下さい。麺類・丼物・定食、何でもあります。ここを入る」の看板が建っていた。その佇まいからして、教習場に通う若者達が絶対に入りそうもない食堂である。この自動車学校は最近建て替えられたと見え、白系のタイル張りと大ガラス面が、いかにも近代的な様子で、このビルと横に並んでいる食堂のみすぼらしさが際だってしまう。

 実際、この食堂に三回訪ねたが、一度目は日曜日で休業、二回目は営業時間前で入れず、三度目の今回は少し遅めに言ったが、ちょうど今終わりましたと、二時過ぎに店を閉めようとしているところだった。実際この食堂は、営業時間が毎日十時半から二時までの間で、教習所の生徒の昼食を宛にしているようだが、工夫して儲けようという気など、全くないのだろう。私は、「今日で来るのが三度目なんです。」と言うと、暖簾を下ろしている若い従業員の女が、「ご飯がないんです。でも何かあると思いますが、いいですか。」というので、「ありがとう。」と礼を言い、店に入れてもらった。念願の最上食堂なのだ。

化石のような存在
 中にはいると、そこはまさに昔ながらの「食堂」であった。照明は暗く、中央に安物のテーブルが寄せて十台ほどおいてある。このライン場のテーブルの両側に丸椅子がザーと並んでおり、要は向かい合って座るようになっている。体育会の合宿とかで、向かい合わせで一団が座るような形式だ。これだけのスペースがあれば、テーブルをばらして置いた方が、客同士の視線もあわないし、何と言ってもお客のキャパを考えれば、誰だってそうするだろうと思う。この飯場のようなレイアウトは、何のためなんだろうと、不思議に思った。何十年の間、この食堂の人達は、何も不思議にも思わず、放置し続けてきたんじゃないだろうか。そしてやけに広い厨房。これだけのキャパならば、二階にある席を含めても、普通ならば、現在の広さの半分以下でも十分だ。仕出しでもしているのだろうか。でもそんな雰囲気ではない、というか厨房で働いている老婆二人と若い女の子ひとりでは、どうしようもないだろう。

 食堂の中には売店らしき物があり、長い間ここに置いてありそうな、色褪せた菓子類や日用品が並んでいる。よく地方の町の萬屋にあるような雰囲気だ。そして、壁にはおびただしい数の表彰状が飾ってある。よく見るとそれらは全て、警視庁からの感謝状など、警察関係ばかりであった。そう言えば、この食堂について電話会社で名前を調べていた時に、立川警察署の中にも最上食堂があった。恐らく警察とコネの強い食堂なんだろう。考えてみれば、自動車教習場も警察の管轄だ。この食堂の持つ、「場末感」のようなものを、やはり警察関係で感じたことがあることを思い出した。それは、以前、免許書き換えの時に訪れた府中の運転免許試験場近くに並ぶ代筆屋だ。教習場の回りには、たくさんのバラックのような代筆屋が並んでいて、免許書き換えの時など、その客寄せまがいの強引な呼び込みに閉口したことがある。恐らく彼らも、警察OBか警察に関係のある業者だろうが、ここと同じような臭いがあったことを思い出す。それは、一言で言えば、「暗さ」である。その暗さが、警察のまわりに漂うものなのか、たまたまそうだったのかは分からない。ただ、世の中に吹く風がここまではまわってこないような息苦しさと、禁欲と忍耐の末の諦めのようなものが、この空気をつくっているんじゃないかと漠然と考えていた。

 食堂に入ったときには、天井近くに儲けられた一台のテレビで、最近封切られた「浅間山荘事件」の関連番組がちょうど流れていた。これは、元警察官僚の佐々淳行氏原作による警察と機動隊の視点から書かれているノンフィクションで、そこに描かれている警察の空気が、ちょうどこの食堂とだぶって見えてきた。たまたまテレビで出演したのは、佐々の他、当時の指揮官の警察官僚と思われる人達であった。そうした面々とは対照的に、制度の隅で抑圧され、永い時間、澱のように溜まってしまった名もない警察官達の行き場のない気持ちの集積が、そうした暗さの源となんじゃないか。一瞬、そんな理由のない妄想に憑かれた。

老婆のつくるあり合わせの料理
 厨房で働くのはふたりの老婆である。恐らく定食か何かの余り物だろう、このところは見たことのないような、アイボリー色のプラスチック製の二つの皿に、色々な食べ物が盛りつけた合った。すっかり冷えた固くなった餃子、冷えてしまった鮪の切り身の焼き物、納豆、漬けすぎたお新香、白身魚のフライ、ちょっと変わった海苔の佃煮、ソース焼きそば。これらが少量ずつ盛りつけてある。出汁巻き卵だけは、結構美味しい。そしてご飯と、少し冷えたみそ汁。よく言えば家庭料理っぽく、悪く言えば工夫のない料理であった。でも、閉店時間後に入れてくれた、缶ビールを飲みながら、小一時間、浅間山荘事件の番組を見ながらくらい食堂で時間を過ごした。

 最上食堂は、料理を運んできた老婆に訊けば、「三十年以上はたってるよ。」というが、恐らくもっと古い歴史があるだろう。感謝状の横に、昭和十九年五月、鈴木金三郎を勲六等(宮城)とする、と書いてある天皇陛下による勲章の状がかけてあった。鈴木金三郎がいかなる人物かは分からないが、この食堂に関係のある人物なのだろう。老婆に訊いても、あまり語りたがっていないようだった。礼を言い、勘定の千四百円を払い食堂をで出た。何故かホッとして、新鮮な空気で深呼吸をした。(志)
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2007/10/30(火) 15:21:19) | ノンフィクションがたくさんあります
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2007/12/28(金) 11:16:11) | ノンフィクションがたくさんあります
body> このごろ酒場や居酒屋の本が充実してきました。私は太田和彦氏、吉田類氏、大川渉氏の本を愛読しています。中でも大川渉氏らの著した「下町酒場巡礼」は名著。紹介されている酒場の幾つかはこの10年間に姿を消しました。 https://www.fis.jfma.or.jp/fis/front/htm/research/scm10/image/scm10_2003wwp_dallas_illust.pdf