酒場遺産
ディープジャパン。今や都市開発の中で消えようとしている古くから続く酒場。日本の生活文化が凝縮されている酒場を「酒場遺産」と名づけた。これから十年後、ここで紹介する酒場のうちいくつが残っているだろうか。
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鳥もと(荻窪北口バラック)
 JR荻窪駅で降り、北口へと階段を上がってすぐ左側に「鳥もと」がある。大きく鰻と焼き鳥と書いてあるが、もっぱら焼き鳥を出す店である。中央線沿いに住んでいたので、丸の内線沿線で仕事があるとその帰りに、よく荻窪で乗り換えこの店で酒を呑んだ。古くなった緑色のテントの下は、ビニルカーテンに覆われた半外部的な空間で、夏は夜風に吹かれながらのビールと焼き鳥、冬はもうもうと立ち上がる鍋の蒸気と焼き鳥の煙りに包まれながら焼き鳥と熱燗で一杯、というのが楽しみだった。 (志)
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駅の隣の露天酒場
 駅の構内にあるんじゃないかと思うくらいの場所の良さと、美味しくて安い焼き鳥は、通勤者にとって帰りがけ、ちょっと立ち寄るのに良い条件が揃っているのだろう。いつも満席だった。
 久しぶりに、休日の昼間から呑みに来た。まだ二時だというのに、店内は客で半分くらい埋まっていた。営業時間は昼の十一時から深夜の十二時まで。カウンターには、大きな皿に盛られた焼き鳥の串刺しが並ぶ。駅前と言うだけあって客層はさまざまだが、休日のためか、ネクタイの人は少なく、競馬新聞でも持った雰囲気の中高年の男ひとりの客が半数を占める。中には、若いカップルや、子供連れの一家、アジア系の愛人らしき女性同伴の初老の男なんかもいて、客層は多様で、それがある種の明るさをつくっている。ビニルカーテンの向こう側は、狭いところに路線バスが何台も入ってくる狭い駅前ロータリーがある。デパートの袋をぶら下げた家族連れや女性達の雑踏である。半透明のビニルを破産で、杉並のアップタウンの日常と、アジア的な猥雑で自由な食の楽園が、隣り合っている。

立ち呑み、坐り呑み、テイクアウト
 この店の構造はちょっと変わっている。ロータリーからビニルカーテンの間からはいると、敷地の形に合わせて、左右に鋭角でぶつかっているカウンターがある。右側は七~八人ほどが座れる普通のカウンターで、その先には二階に続く階段がある。左側には焼き鳥が盛られた大皿が並んでいる。その前の炭火で鳥を焼き、カウンターの外では立ち飲みの客が並ぶ。立ち呑み客のほとんどは常連らしき年輩の男達である。そしてその後ろには、ビニルカーテン越しの外側を向いて、テーブルと椅子が並んでいて、何故か若いカップルや家族連ればかりが座っている。私は大皿の前の立ち飲みの場所に立った。買い物帰りのテイクアウトのお客が来る。

 床はコンクリートの叩きのまま、カウンターなどの造作は、全てステンレスの板金で製作したもので、この場所に合わせてつくったオーダー品だろう。そして街との境の、半透明のビニルカーテンで、これが街とこの店との魅力的な関係を作り出している。ちょっといい加減に造られたボーダーと、厨房回りのキチンとしたステンレスの機器は対照的である。小奇麗にしてしまおうとす保っていることを選択しているのだと思う。酒場の魅力が何なのかを理解している「鳥よし」は戦略的ですらある。

強面の職人達
 白い割烹着を着た八人の男達が、無言で忙しそうに仕事をしている。厨房の中では、材料の仕込みを行っている。煮込みの玉葱を切っているのだろうか、ふたりの男が恐ろしいほどの数の玉葱を素早くみじん切りにしている。玉葱の次は葉ものの野菜だ。その包丁捌きはまさに職人のそれだ。カウンター横の小さなテーブルでは、ひとりの男が大量のレバーを串に刺している。その数約三百本。作業が一段落すると大きなトレイのようなものに載せて、厨房の中に消えていった。カウンターの中では四人の男が客の注文を取り、注文された串を順に焼く。そのうちのひとりは、若干年長の高倉健の若い頃に似た五分刈りの男で、立ち振る舞いが任侠の世界の人のようだと思った。その男の指揮のもと、この八人が、実に統率のとれた動きをしている。

 見ていると商品の回転が速い。カウンターで注文を出客がおり、二階からの注文があり、テイクアウトの客がまとめて十~二十本買っていく。なるほど、大皿に盛られた焼き鳥がどんどん捌けていくわけである。それを八人のプロの職人が裁いているのだ。アルバイトらしき店員はおらず、皆がそれぞれの持ち場で、効率的に仕事をこなしている。みんな無口と言うより、無駄口をたたいている暇がないといった感じだ。そんな姿を見るのはすがすがしくて快い。この酒場はビジネスとしても、いけているんじゃないかと思った。

謎のオーナー
 大皿カウンターの前で立ち飲みをしていると、ひとりの老紳士が私の後ろを通った。こんな煙がもうもうと立ちこめた焼鳥屋に不似合いな仕立ての良いスーツを着こなし、白髪を後ろに束ね、スカーフを巻き、柔らかでインテレクチュアルな雰囲気を漂わせた人だった。目元は涼やかだが、すでに七十近い年齢の様に見える。こんな人をどこかで見たような気がした。エットレ・ソットサス。イタリアの前衛的デザイナー・建築家で、すでに八十の高齢にも関わらず、クリエイティブな活動を続けている人である。約二年前に、新宿での講演会を聴いたことがある。遊び心を忘れずにビジネスでも成功を収めている希有な存在であるった。

 そしてこのソットサスに似た人物は、後ろを通り過ぎると厨房に入っていき、割烹着の職人さんに何か声をかけていた。スーツ姿の老人とこの店は全く不釣り合いだったが、私は氏がこの店のオーナーだと了解した。この統率のとれた職人軍団のコーチングを行っているオフィサーように見えた。職人の氏への対応はそんな風だった。効率的なこの店のシステムも老紳士がデザインしたものかも知れない。

絶品の焼き鳥
 店にはいると、サブチーフの髭の男が「お飲物は何にしますか。」と威勢良く訊いてくる。「瓶ビール1本」というと大瓶のアサヒスーパードライが出てきた。脂っこい焼き鳥にはドライが合うという訳か。鴨葱、ハツ、皮ピーマンを2本ずつ、レバーとタンを1本ずつ、そしてビー二大瓶と熱燗を二本頼んだ。これで締めて千九百円で、実に明朗会計。焼き鳥のほとんどは1串百円、鴨葱が百二十円、ナンコツが百五十円で、ひと串からオーダーできる。焼き鳥はあらかじめ焼かれており、それを注文を受けると炭火で焼いて出してくれるので早い。しかも、どれを頼んでもものすごく美味しい。これほどの味の焼き鳥を出す店は少ない。特にハツは柔らかくタレが染みこんでおり絶品。皮ピーマンも最高。

 ここでは塩かタレかは訊かない。あらかじめ、大皿に載っているときから、串の種類によってタレか塩かが決まっている。熱燗は、福島県二本松の銘酒「奥の松」で、あっさりしてかつコクがあり旨い。近年、日本酒コンテストで純米部門・吟醸部門においてグランプリを取り、しかも価格がリーズナブル。この他、冷酒で宮城の銘酒「一の蔵」が置いてある。ビール大瓶五百円、熱燗五百五十円もリースナブルである。店の創業は昭和二十七年。まだ戦後間もない時期である。それから約五十年。古い良さを残しつつ、時代のニーズを捕らえている酒場であった。旨い鳥と酒を食し、ほろ酔いのまま店を出、荻窪の雑踏の中へ紛れた。
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body> このごろ酒場や居酒屋の本が充実してきました。私は太田和彦氏、吉田類氏、大川渉氏の本を愛読しています。中でも大川渉氏らの著した「下町酒場巡礼」は名著。紹介されている酒場の幾つかはこの10年間に姿を消しました。 https://www.fis.jfma.or.jp/fis/front/htm/research/scm10/image/scm10_2003wwp_dallas_illust.pdf